2012年8月28日火曜日

駒ヶ根市の双体道祖神 ① (東伊那)

伊那谷を北から南に流れる天竜川。駒ヶ根市の天竜川をはさんで左に位置するのが旧東伊那村と旧中沢村です。何れも古くは、高遠の支配下に組み込まれていた地域です。
  その東伊那の「栗林」という集落にあった双体道祖神です。こちら、男女の神が酒器を持った祝言の形。









  上の像の隣にあったのがこの写真の像です。こちらは風化が激しく、わずかにそれと思しき形が浮かび上がっているだけです。











   その近くの集落、「下塩田」という所。水路の脇にあったのがこちらの像。












  さらに、旧中沢村の近く、「伊那森神社」という神社の境内に建てられた道祖神です。こちらも酒気を持つ祝言の形。



   







  最後に、『駒ヶ根市の石造文化財』の記述に従えば、こちらは単体の 道祖神、とのこと。明和乙酉(1765)云々の銘を持つこの像の隣に、やはり同年の銘を持つ地蔵様がならんでいました。
  

2012年8月21日火曜日

火山峠の「芭蕉の松」

伊那市と駒ヶ根市との境、高遠街道に「火山峠」という名の峠があります。ここには、かって数十年前(?)にゲテモノ料理の店があり、当時はその道の食通には結構有名な所でもありました。
  その、かって店があったすぐ脇に件の赤松があります。 松の根元に
      松茸や知らぬ木の葉のへばりつく
という芭蕉の句碑があることから、「芭蕉の松」と呼ばれています。
句碑は、放浪の俳人 井月の門人たちが建立した明治初めのころのもの。 しっかりした文字で句が刻まれています。
その傍らに井月の句碑が並んで建てられていました。

  「火山峠」・・・・・「かざんとうげ」ではなくて、「ひやまとうげ」と読みます。

2012年8月9日木曜日

箕輪町の双体道祖神(4)

国道153号線「沢上」信号機を153号バイパス通り方面に進むとすぐ左手に写真の双体道祖神があります。
  裏に回ると「昭和55年」の銘。1980年ですから役40年前ということになります。建立有志の名前も刻まれておりました。肩組み握手、頭の上に日・月。放置されていた自転車も写っていますが、この辺りはご愛嬌・・・・・ということでお許しください。勝手に移動するわけにはいきません。